トルコの歴史

現在のトルコ共和国はイスラム圏に属するが、その歴史を見ると、東西文明の接点として
オリエント文明、ギリシア文明、ローマ文明、ビザンティン文化、イスラム文化などが栄え、
極めて多様である。また、同国最大の都市イスタンブールはローマ帝国、東ローマ帝国、オ
スマン帝国と3つの世界帝国の首都となった都市である。さらに近代においてはイスラム
圏では宗教分離の近代国家の建設をいち早く行ったことが注目される。

年代 統治 内容 遺跡
BC2000 ヒッタイト王国 インドヨーロピアン語族
東地中海沿岸を支配
鉄器を最初に使用した

ハットゥシャシュ
トロイBC3000-
400(遺跡は9層に及ぶ)
BC1000
フリギア王国

リディア王国
現在のエスキシェヒールが都
リディアは世界最初の金銀貨幣を作った国
エフェソス都市遺跡
BC500 アケメネス朝ペルシャ BC400ダレイオス2世のときにアレキサンダー大王に征服される カッパドキア
BC400 セレウコス朝シリア
ペルガモン王国
ペルガモン時代はヘレニズム文化が隆盛、多くの遺跡がある ヒエラポリス
アクロポリス
BC200 共和制ローマ
帝政ローマ
帝政ローマコンスタンチノープル(後のイスタンブール)に遷都 アスクレピオン
地下宮殿
400 東ローマ帝国(ビザンチン帝国) ローマ帝国が東西に分裂、コンスタンチノープルは東ローマ帝国の首都として繁栄 アヤ・ソフィヤ
1000 セルジューク・トルコ スルタンとしてイスラム世界を実質支配
ビザンチン帝国と対峙、十字軍との抗争
カッパドキアの洞窟教会、カイマクル地下都市
1300 アミール諸公国 封建的地方勢力が割拠 キャラバンサライ/隊商宿
1400 オスマン・トルコ 一時チムールにより崩壊の危機にさらされたが、後に国力を回復してコンスタンチノープル陥落、首都とした。
スレイマン一世の時、周辺諸国を征服して大帝国となる
トプカプ宮殿、ブルーモスク、
ドルマバフチェ宮殿
1900 トルコ共和国 オスマン帝国は徐々に衰退、第一次世界大戦での敗戦により、領土分割の危機に直面したが、トルコ国民党のケマル・パシャの指揮の下、祖国回復戦争に勝利した。
彼はスルタン制を廃してアンカラを首都とするトルコ共和国を樹立、政教分離などの近代化に努めた。
アタチュルク廟